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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)7489号 判決

原告 有限会社トクヨ糊製造所

右代表者代表取締役 杉山圭一

右訴訟代理人弁護士 河村範男

被告 内田保

右訴訟代理人弁護士 米津稜威雄

同 田井純

同 岡部真純

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

本件につき当裁判所が昭和四二年七月二四日になした同年(モ)第一五、二二四号強制執行停止決定はこれを取消す。

この判決は前項に限り仮りに執行することができる。

事実

一、原告訴訟代理人は、「被告の原告に対する東京地方裁判所昭和四〇年(ワ)第九、一五五号建物収去土地明渡請求事件の判決の執行力ある正本に基く強制執行はこれを許さない。訴訟費用は被告の負担とする」、との判決を求め、その請求原因として、

(一)  原告と被告の間には、右記のような東京地方裁判所昭和四〇年(ワ)第九、一五五号建物収去土地明渡確定判決があり、この判決には、原告は被告に対し別紙物件目録(一)記載建物(以下、本件建物と略称)を収去して、同目録(二)記載土地(以下、本件土地と略称)の明渡をなすべきことを命ずる旨の記載がある。

(二)  ところで、原告は昭和三一年六月一一日、訴外今井恒の相続人訴外今井ゆ起子、同義朗、同文成、同恵津子、同武久、同宣男所有であった本件建物を滞納処分による公売により競落取得し、これに伴い本件土地について右相続人らが被告に対し有していた本件土地賃借権も承継し、これにつき被告に承諾を求めたところ拒絶された。

(三)  そこで原告は被告に対し借地法一〇条に基き昭和四二年七月一五日到達の書面で右建物を時価である一、七〇四、〇〇〇円で買取るよう請求した。

(四)  よって、原告は被告に対し右買取代金の提供あるまで本件土地建物明渡を拒みうるのであるから前記判決の執行力の排除を求める、

と陳述し、

二、被告訴訟代理人は、主文一、二項同旨の判決を求め、請求原因(一)、(二)、(三)の事実は認めるが、(四)の主張は争う、と陳述し、更に、

(一)  事実審の口頭弁論終結前に主張することができた事由はその訴訟における判決の既判力によって後訴における提出が禁止されるものであるところ、原告主張の本件建物買取請求権は(後記のように実体法的に無効であるが、仮りに有効であるとしても)、前記建物収去土地明渡訴訟の控訴審の口頭弁論終結前に発生し、かつ行使ができたにも拘らず、原告はこれを行使せず、また、訴訟において主張しなかったのであるから同事件判決の既判力の効果として本件訴訟上において右買収請求権行使の効果を主張することは許されない。

(二)  原告が本件建物を取得した後、本件土地の賃借人である訴外今井ゆ起子らは昭和三一年一二月分以降の賃料の支払をなさなかったので被告は昭和三二年一〇月四日、右延滞賃料(昭和三一年九月以降昭和三二年九月までの合計二八、一五〇円)を七日以内に支払うよう訴外ゆ起子に催告したがその支払がなかったので、同年一〇月一二日、右ゆ起子に対し本件土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなした。

従って右解除後になされた原告の本件建物買取請求はその効力を生じない。

なお、訴外今井恒死亡後、その妻ゆ起子は被告間の賃貸借に関してはその余の相続人(ゆ起子の子でその親権に服し生計を共にしていた)を代理して種々の行為をなしており、右解除の意思表示についてもゆ起子はその余の相続人(賃借人)にかわってこれを受領する権限を有していたものである。

と主張し、

三、原告訴訟代理人は、

被告の右主張(一)は争う。

(二)の主張のうち被告が訴外今井ゆ起子に対しその主張のような催告、解除の意思表示をなしたことは認めるがその余は争う。

と陳述し、更に、

(一)  仮りに訴外ゆ起子らに賃料不払の事実があったとしても本件土地賃借人は右ゆ起子ら六名(請求原因(二)記載)であるから右金員に対し解除の意思表示はなされるべきであるのに原告はゆ起子一名に対し解除の意思表示をなしたに止まるから右解除はその効力を生じない。

被告はゆ起子は他の賃借人を代理する権限を有していたと主張するが解除当時訴外今井義朗、同文成は成人に達しており、また文成は別居しており、ゆ起子は当然には他の者の代理権を有するものではない。

(二)  仮りに、右解除が有効であるとしても原告が本件建物を取得したのは右解除の前、すなわち賃借権存在当時であるから右解除は原告の買取請求権の取得、行使を妨げるものではない。

と主張した。

四、証拠≪省略≫

理由

一、まず、被告が指摘する、前訴判決の既判力により本訴請求は許されないかどうかについて検討する。

二、土地賃借権を伴う建物の譲渡などがなされたが、土地賃貸人がこの賃借権の譲渡を承諾しない場合、建物取得者は借地法一〇条により建物買取請求権を取得する。右のような場合、土地賃貸人(多くの場合、所有者)が右建物取得者を相手に提起することが多い建物収去土地明渡訴訟において、右建物取得者が建物買取請求権を行使し、これにより生じた効果を抗弁(建物買取代金の提供あるまで土地明渡を拒むとの延期的抗弁)を提出せずに、無条件の敗訴判決を受け、この判決が確定した後に、右買取請求権を行使し、本訴のような訴訟においてその効果を主張しうるかどうかについては見解がわかれている。

三、主張可能とする説(積極説)は、(1)右記のような立場にある者が前訴において建物買取請求権を行使し、これを主張することは自己の取得した建物所有権を失うことになり、また自己の全面的勝訴のための抗弁とはなりえない点で金銭請求訴訟における相殺の抗弁と類似し、その主張を期待することがいささか困難であること、(2)右買取請求権は訴訟の相手方から主張されている権利の発生自体に附着する瑕疵というべき「無効」の抗弁などと異り、相手方の権利とは別個独立の権利であり、しかも買取請求権は形成権であるから、たとえ前訴の段階においてその権利発生の要件は具備していても、その行使がない以上、当然その法律効果は発生していないのであるから必ずしも前訴において行使しえた抗弁とはいいえないこと、(3)買取請求権の存在を知らない無智の建物取得者が多数居り、これらの者は社会的見地から保護すべきであること、などを根拠にしているようである。

四、然し、確定判決が有する最も基本的な効力である既判力は、当該判決における(主として)権利義務の存否に関する判断の、後訴における同一権利義務の存否に関する判断に対する拘束力をその中心的内容とするものであるが、更に、この中心的な効力を実効あらしめるため、前訴において主張が可能であった前訴における裁判所の判断を左右すべき事由は後訴において主張しえない、という禁止的効力(所謂、遮断効などと呼ばれる効力)をも有する。そして、この遮断効の及ぶ範囲をめぐって、すなわち、当事者の提出しえたいかなる主張(主に、前訴において被告の抗弁になりえたもの)が右効力により後訴で提出が禁止されるかについては、右主張(抗弁)のもつ性質のみならず、主張の期待可能性などについてのいわば政策的考慮もまじえて検討がなされる傾向があるが、判決の既判力、および遮断効が民事訴訟法においては判決の繰り返えしが必ずしも禁止されないことから生ずるおそれのある判決の不一致、矛盾発生を防いで、前の判決により判断された法律関係の維持(すなわち、法的安全性)を計ることを目的とするものである以上、この目的を脅かすおそれのある解釈態度はそれ自体矛盾を含むものである。

五、処で前記積極説の根拠、(1)、(3)(主張の期待困難性、無智の建物所有者の保護)は政策的考慮に偏し、正しいとはいえない。けだし既判力、遮断効が右述のような法的安全性に奉仕するものである以上、もともと、その効力が訴訟当事者の誰に酷な結果をもたらすかという実質的考慮から全く離れてそれは認められるものであるからである。このことは訴訟追行においてすら、いかなる主張をなすかどうかは当事者の専権に委ねられていることからも推して明らかであり、また法律の無智も裁判所の訴訟指揮などにおいては十分考慮されても、一旦その者に不利益な判決が為され、それが確定した後においては、これを救済しうるのは民事実体法領域内の理論乃至は行為であって、民事訴訟上の制度ではないことは再審事由をとりあげてみても明らかである。

六、また前記積極説(2)の根拠、すなわち買取請求権という権利の性質、またはこの権利行使により主張しうる抗弁の特異性などを根拠にすることも正しくない。たしかに訴訟上の抗弁は、あるいは、相手方の権利の発生それ自体に附着する瑕疵に基くもの、あるいは、右権利に影響を与えるべき別個、独立の権利の行使を原因とするものなどから成り立つものであり、このように抗弁の成立原因、態様には種々の相違がありうる。然し訴訟上の抗弁がその成立につきいかなる相違点、特殊性を有するにしろ、それはすべて、相手方の権利の不発生、消滅、行使の延期などという自己に有利な判決結果の獲得という共通の目的のために提出されるものである以上、その提出がなく、従って相手方が有利な判決をえ、これが確定すれば、自己の抗弁不提出の結果蒙るべき不利益(責任)は、提出しえた抗弁の成立原因、またはその内容にどのような相違があっても、おしなべて共通なものであるべきである。また、たしかに建物買取請求権は形成権であるから、前訴の段階でその権利自体は発生していてもその行使がない以上、当然、その効果は発生しない、という点で、権利の行使という要件を必要としない「無効」の抗弁とは異る面を有する。然し、既判力のはたすべき前記の役割を前提とする限り遮断効の範囲を考える上では抗弁となりうる事由が前訴の段階で提出可能であったか否かだけを考えるべきであるから、ある抗弁が特別の手続を経た上ではじめて提出可能である、ということは右提出の可能性を判断する上では有意義であるが、一旦右手続をとりえた、と判断され、従って提出可能性が肯定された以上、右のような特異性それ自体は遮断効の問題に影響を与えるものではない。

七、このように考えると前記積極説はとりえず、前訴において建物買取請求権が既に発生し、これを行使して土地賃貸人に対し買取代金と引換の延期的抗弁を提出しえたにも拘らず、これを提出せずに無条件敗訴の判決を受けた者は、後に、この権利を行使して本訴の如き請求異議訴訟などの訴訟的手段によって前訴の判決の執行力の排除を求めることはできない、と解するのが妥当である。

八、処で、原告が昭和三一年六月一一日本件土地の賃借人であり、本件建物の所有者であった訴外今井ゆ起子らから競落により右建物の所有権を取得し、これに伴う本件土地賃借権譲渡につき本件土地の賃貸人であった被告に承諾を求めたところ、拒絶されたこと、そこで、原告が昭和四二年七月一五日到達の意思表示で被告に対し本件建物買取を請求したこと(請求原因(二)、(三))は当事者に争いがなく、また、被告が原告を相手方としてさきに当裁判所に対し、原告が本件建物を所有し本件土地を占有し、被告の本件土地所有を侵害しているという請求原因で建物収去土地明渡請求訴訟を提起し(昭和四〇年(ワ)第九、一五五号事件)、原告(右事件における被告)欠席のため、被告(右事件における原告)勝訴の判決(本件債務名義たる判決)がなされたことは当裁判所に顕著であり、また、≪証拠省略≫によれば、原告(右事件における被告)は右判決に対し東京高等裁判所に控訴したが(昭和四一年(ネ)第七五四号事件)、請求原因を認める、との陳述のみがなされたため控訴は棄却され、更に最高裁判所に上告したが(昭和四二年(オ)第一四七号)、これも棄却された(従って本件判決は確定した)こと、および、最終事実審である右東京高等裁判所の判決は昭和四一年一〇月二八日に云渡されたこと(従って、右高等裁判所における弁論の終結がそれ以前であることは当然である)が認められ、この認定に反する証拠はない。

九、右事実よりすると、原告は前訴の最終事実審である東京高等裁判所における弁論終結までの間に既に本件建物買取請求権を取得し、これを行使して本訴におけると同じ主張を抗弁として提出しうる立場にあったにも拘らず、これをなさず無条件の敗訴判決を受けるに至ったものといわざるをえず、そうすると前述のように、前訴確定判決の効力上、原告は最早、本件建物買取請求権を行使したことを理由に、右判決の執行力の排除のため、本訴のような訴訟的手段をとることを許されず、従って、原告の本訴請求はこのことからして既に失当であることになる。よってこれを棄却する。

一〇、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、強制執行停止決定の取消、その仮執行宣言につき同法第五四八条一、二項各適用。

(裁判官 上杉晴一郎)

〈以下省略〉

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